6.日光

【芭蕉自筆影印】
 丗日 日光山の麓尓泊る あるしの云遣るやう 我名越仏五左衛(?)門と云 萬正直を旨堂春る故尓 人かくハ申侍るまゝ 一夜の草の枕も 打と気て休み給(?)へと云
(丗日、日光山の麓に泊る。あるじの云けるやう、我名を仏五左衛(?)門と云。萬正直を旨とする故に、人かくは申侍るまゝ、一夜の草の枕も、打とけて休み給(?)へと云。)

 い可奈流佛乃濁世薼土尓示現して 可ゝ流桑門の乞食順礼こときの人を 多春気給(?)ふ尓やと あるしの奈春事に 心をとゝめて見る尓 唯無智無分別尓して 正直偏固のもの也
(いかなる仏の濁世塵土に示現して、かゝる桑門の乞食順礼ごときの人を、たすけ給(?)ふにやと、あるじのなす事に、心をとどめて見るに、唯無智無分別にして、正直偏固のもの也。)

 剛毅木納の時の仁尓 ち可き堂くひ 智愚の清質 尤(モットモ)尊ふへし
(剛毅木訥の時の仁に、ちかきたぐひ、智愚の清質、尤(モットモ)尊ぶべし。)

 卯月朔日 御山尓詣拝ス 往昔 此御山を 二荒山登書しを 空海大師開記の時 日光と改堂まふ 千歳未来を さと利給(?)ふ尓や 今此御光 一天に可ゝやきて 恩澤(オンダク恩恵)八荒(ハッコウ東西南北八方角隅々)尓あふ礼 四民安堵の栖(スミカ) 穏也 猶憚(ハバカリ)多くて 筆を指置ぬ
(卯月朔日、御山に詣拝す。往昔、此御山を、二荒山と書しを、空海大師開基の時、日光と改たまふ。千歳未来を、さとり給(?)ふにや、今此御光、一天にかゞやきて、恩澤(オンダク恩恵)八荒(ハッコウ東西南北八方角隅々)にあふれ、四民安堵の栖(スミカ)、穏也。猶憚(ハバカリ)多くて、筆を指置ぬ。)


 あ奈多ふと青葉若葉の日能光
(あなたふと青葉若葉の日の光)


 黒髪山は霞可ゝ里て 雪いま多白し
(黒髪山は霞かゝりて、雪いまだ白し。)

 剃捨て黒髪山尓衣更 曽良
(剃捨て黒髪山に衣更 曽良)

 同行 曽良盤 河合氏尓して 惣五郎と云 芭蕉の下葉尓 軒をなら部て 予可薪水能労越多春く 此多ひ 松嶋象潟の眺 共尓世舞事越よろこひ 且ハ羈旅(キリョ)の難をい多者利 旅立暁髪を剃て 墨染尓さま越可へて 惣五を改て宗悟とス よりて黒髪山の句有 衣更の二字 力有てきこゆ
(同行、曽良は、河合氏にして、惣五郎と云。芭蕉の下葉に、軒をならべて、予が薪水の労をたすく。此たび、松嶋象潟の眺、共にせむ事をよろこび、且は羈旅(キリョ)の難をいたはり、旅立暁髪を剃て、墨染にさまをかへて、惣五を改て宗悟とす。よりて黒髪山の句有。衣更の二字、力有てきこゆ。)

 二十余丁 山越登ッて瀧有 岩洞の頂よ利飛流志て百尺 千岩乃碧潭(ヘキタン)尓落 岩窟尓身をひそめ入て 瀧の裏よ利見禮者 うら三の瀧と申伝え侍る也
(二十余丁、山を登って滝有。岩洞の頂より飛流して百尺、千岩の碧潭(ヘキタン)に落。岩窟に身をひそめ入て、滝の裏より見れば、うらみの滝と申伝え侍る也。)


 暫時盤瀧尓こもるや夏の初
(暫時は滝にこもるや夏の初)


【句碑】
①日光東照宮宝物館敷地内
 日光市山内2301

 あら多ふ登青葉わ可葉の日乃光
(あらたうと青葉若葉の日の光 大垣記念館・素龍本)(芭蕉自筆本になし)
(あなたふと青葉若葉の日の光 芭蕉自筆)


②高野氏邸
 日光市役所付近 下鉢石町



あら多ふ登木の下闇毛日の光
(あらたふと木の下闇も日の光 初案 大垣記念館)
(あらたうと青葉若葉の日の光 大垣記念館)
(あなたふと青葉若葉の日の光 芭蕉自筆)




③安良沢小学校

 志はらく者瀧に古もるや夏の初
(しはらくは滝にこもるや夏の初)
(暫時は滝に籠るや夏の初 大垣記念館)
(暫時は滝にこもるや夏の初 芭蕉自筆)


④大日堂跡
 日光市 
 荒沢川と大谷川の合流付近 大きな橋有


 あら堂ふ登青葉若葉能日の光里(?)
(あらたふと青葉若葉の日の光り)



【難解文字(?)】
 佛五左衛(?)門と

  参考文字
   五

 
  左衛門







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