[4月2日(5月20日)]
〜瀬尾〜川室〜大渡〜船生(塩谷町)〜玉生(泊)
【芭蕉自筆影印】
那春の黒者年登云處尓知人あれ者 こ禮よ利野越尓可ゝ里て 直道(スグミチ)越ゆ可無登す 遥尓一村を見可けて行尓 雨降り日暮るゝ 農夫乃家尓 一夜を可りて 明連者又野中を行 そこに野飼の馬あ利
(那すの黒ばねと云処に知人あれば、これより野越にかゝりて、直道(スグミチ)をゆかむとす。遥に一村を見かけて行に、雨降り日暮るゝ。農夫の家に、一夜をかりて、明れば又野中を行。そこに野飼の馬あり。)
草刈おのこにな介きよれ者 野夫登いへ共(?) さ春可に情志らぬ尓盤あらす い可ゝ春へきや され共(?) 此野ハ東西縦横尓王可れて う為ゝゝ敷(慣れない)旅人の道ふ三堂可へ無 あやしう侍禮ハ この馬能とゝまる處尓て馬越返し給(?)へ登 ちいさきもの婦多り 馬能跡し多ひて者しる
(草刈おのこになげきよれば、野夫といへ共(?)、さすがに情しらぬにはあらず。いかゞすべきや、され共(?)、此野は東西縦横にわかれて、ういゝゝ敷(慣れない)旅人の道ふみたがへむ、あやしう侍れば、この馬のとゞまる処にて馬を返し給(?)へと、ちいさきものふたり、馬の跡したひてはしる。)
ひとりハ小娘尓て 名を可さ年と云 聞な禮ぬ名の やさし可り希禮者
かさねとは八重撫子の名成へし 曽良
頓(ヤガ)て人里尓至連者 あ多ひを鞍つ本耳結付て 馬越返しぬ
(ひとりは小娘にて、名をかさねと云。聞なれぬ名の、やさしかりければ、
かさねとは八重撫子の名成べし 曽良
頓(ヤガ)て人里に至れば、あたひを鞍つぼに結付て、馬を返しぬ。)
【芭蕉尋ね地】
①~日光街道・霧降大橋付近~
日光街道から霧降の滝方面即
②~日光街道・筋違橋(志渡渕川)~
日光駅手前約700m
日光線ガード手前
③~日光北街道・瀬尾~川室~
④~日光北街道・大渡橋~船生~
⑤~日光北街道・玉生~
芭蕉一宿の地
塩谷郡塩谷町玉生632
バスターミナル奥数十メートル
【難解文字(?)】
いへ共(?)さ春
(いへ共(?)さす)
きやされ共(?)此
参考文字
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